コロナ禍も、最近また感染者の微増傾向が続いていて、完全な収束というものが見えませんが、
今日はそれに関連してお仕事の状況が厳しい中でも、ずっとレッスンを続けている生徒さんについて書こうと思います。
コロナに関連してお仕事の状況に困っている方は、今でもいらっしゃいますが、一昨年ぐらいは、
いろいろな店舗の営業自粛など、今よりもさらに厳しい状況であったと記憶しています。
その当時、当教室の生徒さんでも、雇止めにあった方がいました。
少ない日数で仕事があったり、自宅待機だったり、この先どうなるかわからない。
希望を出しても、仕事先が安定しないなど、折々にご様子についてお話しされました。
そのような状況でレッスンはどうするのだろう?
専門家を目指すものではなく、大人の趣味としてされているもの。
月謝が負担にならないだろうか?
しばらく休会するか、レッスン回数を減らすか、講師としてどのような対策を取るのがいいか、
こちらから聞くのは失礼かとは思いましたが、ご本人に聞いてみました。
返ってきた答えは、私が思っていたよりも深いものでした。
「ヴァイオリンを習っていなければ、ただ生きるためだけに働いていることになるので、
今まで通りレッスンは続けます。」
ちょっとすぐに返事ができませんでした。
そうなんだ・・・。
何年も突発休なく、真面目に練習してくる方だとは思っていたけど、
ヴァイオリンを習うということには、そういう意味合いもあったのだと。
それで、余計な同情や過度にゆるいレッスンは失礼にあたると考えました。
それ以降はご状況についての話は一切せず、練習の仕方についてのアドヴァイスや
お手本弾き、曲の背景の話など、とにかく純粋に演奏の質を高めるためのレッスンに従事しました。
わたしの元々の性格から、大人のレッスンにありがちな、
レッスン時間の大半がおしゃべりに費やされるようなことは、
それまでもほとんどしてはいませんでしたが、その時に、
うわべの楽しさではなく、ヴァイオリンを習うことの意義を
生徒さんが心から感じられるようなレッスンをしていこうと改めて思いました。
あれから少し時間が経ち、その方は今度は激務に見舞われていますが、
相変わらず真面目にレッスンに通われています。
ただの趣味と言われれば、それはそうかもしれませんが、
衣食住のみならず、楽器を奏でること、ひいては音楽をすることに
人として生きる意味が含まれていると思います。
これからも常にそのことを念頭に置いて、実のあるレッスンに努めていきます。